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東京地方裁判所 平成3年(ワ)14241号 判決

本訴原告(反訴被告、以下、単に「原告」という)

江口けさの

右訴訟代理人弁護士

藤本勝也

泉進

藤本健子

本訴被告(反訴原告、以下、単に「被告」という)

小澤敏彦

主文

一  被告は、原告に対し、金七八六万七七一六円及びこれに対する平成三年八月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の本訴請求を棄却する。

三  被告の反訴請求を棄却する。

四  訴訟費用は本訴・反訴を通じ、これを二分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

五  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者双方の請求

一  原告の本訴請求

被告は、原告に対し、金一八六八万一二一六円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成三年八月一三日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(なお、原告は、平成五年九月八日の本件口頭弁論期日において、請求額を一六九二万七七一六円に減縮し、次いで平成八年六月一九日の本件口頭弁論期日において陳述した平成六年二月九日付け準備書面において、請求額を一五八六万七七一六円に減縮し、さらに同期日において陳述した平成八年四月一七日付け準備書面において、請求額を最終的に一四九六万七七一六円に減縮したが、被告は、右請求の減縮にいずれも異議がある旨陳述した。)

二  被告の反訴請求

被告が原告に対し東京法務局所属公証人家弓吉己作成の昭和五九年第一〇〇七号建物賃貸借契約公正証書(以下「本件公正証書」という)をもってなした強制執行が不当執行に該当しないことを確認する。

第二  事案の概要

原告は、原告と被告間の本件公正証書に基き被告がなした強制執行が不当執行であると主張して、不法行為に基く損害賠償を請求するのに対し、被告は右強制執行は正当な権利行使であると主張して、これが不当執行に当たらないことの確認を求める。

一  争いのない事実

1  原告は、昭和五九年五月七日、被告から別紙物件目録〈省略〉記載の建物(以下「本件建物」という)を次の約定で賃借した。

(1) 賃料 月額二五万円

(2) 賃貸借期間 昭和五九年六月七日から昭和六二年六月六日までの三年

(3) 使用目的 事務所又は物品販売店舗

(4) 損害金 本契約終了後賃借物を返還しない間は約定賃料の倍額の損害金を支払う。

2  原告と被告との間には、昭和五九年六月二七日付けで作成された本件公正証書が存在する(甲第一号証)。

二  原告の主張

1  原告は、本件建物において、「トムズショップ」の屋号で高級下着、装飾品、高級雑貨等の販売店を開業している。

2  被告による不当執行

被告は、本人訴訟で数多くの訴訟を提起し、自宅には執行で差し押さえた動産類が粗大ゴミ化して雨曝しの状態になっているものであるが、被告は、原告に対しても不当訴訟及び不当執行を繰返し、後記の莫大な損害を負わせた。すなわち、

(1) 被告は、本件賃貸借契約の契約期間満了六か月前の更新拒絶の意思表示をせず、同契約が法定更新されていることを知りながら、右契約は終了したから前記特約による賃料の倍額の損害金が発生していると主張して、原告に対し、平成元年六月一四日、本件公正証書による執行文の付与を受け、本件建物内の動産について差押執行をした(同年(執イ)第一〇七八四号)。

(2) これに対し原告は、同年九月二六日、請求異議の訴え(東京地方裁判所平成元年(ワ)第一二六六四号、以下「本件請求異議の訴え」という)及び強制執行停止の申立をし、同月二九日、五〇万円の保証金を積んで右停止決定を得た。

(3) 平成二年一〇月一二日、同裁判所において、右執行文付与に基づく強制執行は許さない旨の判決が言い渡された。

(4) 右判決により、本件賃貸借契約期間経過後の事由に基づく本件公正証書による執行はできないとの判断が明確に示され、右は定説であるにもかかわらず、被告は、これを無視して、平成三年一月一八日、本件建物内の別紙第一物品目録〈省略〉記載の物品(以下「本件物品」という)を含む動産に執行をし、かつ、これを被告保管として、被告宅に持ち去ってしまった。

(5) これに対し原告は、同月二五日、五〇万円の保証を立てて強制執行停止を得た。

(6) しかし、被告は、前記執行文と同一の事由(契約期間終了による損害金の発生)に基づいて、平成二年一二月三日、再度執行文の付与を受け、平成三年二月一五日、停止中の本件物品に対して再び差押をした(平成三年(執イ)第九二八号)。

(7) そこで原告は、平成三年二月二〇日、右の執行文付与に対する異議の訴えを提起するとともに、執行停止を申立て、同月二二日、二〇万円の保証を積んで右の停止決定を得た。

(8) しかし、被告の異常な執拗さはとどまることなく、平成三年二月一二日、被告は、前記執行文と同一の事由に基づいて、さらに執行文の付与を受け、供託金の差押転付命令の申立をした。

(9) 右転付命令の申立は、一部取立てにより、被告において取り下げられたが、また執行してくるおそれがあるため、原告は、同年三月二九日、右の執行文付与に対する異議の訴えを提起し、同時に三〇万円の保証金を積んでその執行停止を得た。

(10) さらに被告は、本件公正証書による執行文によって執行できないことが明白であるにもかかわらず、停止中の平成元年(執イ)第一〇七八四号、同二年(執イ)第一四四八四号差押事件につき、換価処分の申立をし、平成三年四月一二日、本件物品を五一万円で自ら落札した。

3  損害

以上の被告の度重なる不当執行によって、原告は、これに応訴するために多大の保証金、弁護士費用、訴訟費用を出捐せざるを得なかったほか、平成三年一月一八日の前記不当執行により、店内の商品はすべて持ち去られ、配線はちぎられ、営業が全く成り立たない状況となってしまった。

なお、不当執行とは、執行手続法上は必ずしも違法ではないが、実体法上債権者に当該執行の結果を取得させることを是認する根拠のない執行をいい、被告のした前記一連の執行は、まさに右の不当執行に当たるものである。

被告は、このほかにも、原告に対する不当訴訟及び濫訴を繰返しており、その概要は別紙一覧表〈省略〉のとおりである。

右により、原告が被った損害は次のとおりである。

(1) 本件物品が換価処分されたことによる損害 七八七万六二一六円

(右の損害明細は、別紙第一物品目録〈省略〉記載のとおり)

(2) 一連の不当執行に対処するための弁護士費用 六五〇万円

① 昭和六三年九月一〇日付け報酬契約に基づく弁護士報酬等一三〇万円

(東京高等裁判所昭和六三年(ネ)第二八七七号建物明渡請求事件及び執行停止、並びに東京地方裁判所同年(カ)第一三号再審事件)

② 平成元年九月二六日付け報酬契約に基づく弁護士報酬等一三〇万円

(同地方裁判所平成元年(ワ)第一二六六四号請求異議事件及び執行停止)

③ 平成三年一月三〇日付け報酬契約に基づく弁護士報酬等八〇万円

(同地方裁判所平成二年(ワ)第一五三二一号建物明渡請求事件)

④ 同年四月一〇日付け報酬契約に基づく弁護士報酬等一三〇万円

(同地方裁判所平成三年(ワ)第二〇〇九号、同第四二三六号各執行文付与に対する異議事件等)

⑤ 同年六月二日付け報酬契約に基づく弁護士報酬等一八〇万円

(本件訴訟事件)

(3) 不当執行の際に被告が窃取した左記現金等一三〇万五〇〇〇円

被告は、平成三年一月一八日午前一一時三〇分から午後一時一〇分までの間、原告が留守のため、東京地方裁判所執行官が執行により本件店舗の鍵を開けたのを奇貨として、訴外阪口和男、佐瀬正博らと同店内に侵入し、左記の現金及び動産を窃取した。

① 現金 二万五〇〇〇円

② ガラスショーケース二個

六〇万円

③ 木製枠ショーケース二個

六〇万円

④ ファンヒーター一個

二万五〇〇〇円

⑤ テレビ一台 三万円

⑥ ソファー二個 二万円

⑦ テーブル一個五〇〇〇円

(4) 慰謝料三〇〇万円

被告の不当執行による営業不能、不当差押による本件物品の喪失、被告の窃取による前記現金等の紛失、度重なる不当執行による多額の訴訟費用、弁護士費用等の用立て等、原告が被告の不当執行により受けた精神的打撃は大きく、その苦痛に対する慰謝料は三〇〇万円が相当である。

4  よって、原告は被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、右3の合計一八六八万一二一六円と、これに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

4の2(平成五年九月八日付け請求の減縮)

原告は、以下のとおり、本件請求を一六九二万七七一六円に減縮する。

(1) 本件請求異議訴訟事件が平成四年一二月二五日上告棄却により被告敗訴で確定したことにより、本件物品の前記換価処分代金五一万円は原告に返還された。

よって、右の金額を前記3(1)の本件物品代金額から控除する。

(2) 弁護士費用は3(2)のとおり

(3) 違法執行による損害として、三万六五〇〇円を追加する。

被告は、前記一連の動産執行事件に関し、原告が請求異議の附帯控訴を取り下げたことを添付書類として、執行の申立をしたが、本体の執行文付与に対する異議の控訴事件は係属していたにもかかわらず、係りはこれを受け付け、執行したものであるから、右は違法執行である(甲第二五号証の一ないし九)。

(4) 不当執行による被告の現金収受二万五〇〇〇円(甲第二〇号証の一八)

(5) 慰謝料は3(4)のとおり

4の3(平成六年二月九日付け準備書面による請求の減縮)

原告は、以下のとおり、本件請求を一五八六万七七一六円に減縮する。

(1) 本件物品を、別紙第二物品目録〈省略〉のとおり、合計六六一万六二一六円と訂正し、右から前記原告の受領した五一万円を控除すると、同物品の被害総額は六一〇万六二一六円となる。

(2) 弁護士費用は六七〇万円の計算違いであったため、右に訂正する。

(3) 前記慰謝料及び前項の(3)(4)は維持する。〈省略〉

4の4(平成八年四月一七日付け準備書面による請求の減縮)

原告は、別件の東京地方裁判所平成六年(ワ)第一六九七九号事件において、被告の請求する賃料債権九〇万円に対し相殺の意思表示をしたので、これを前項の損害合計額から控除し、請求額を一四九六万七七一六円に減縮する。

三  被告の主張

1  被告の申立にかかる強制執行は、すべて法に従った適法なものであって、何ら不当・違法な執行ではない。すなわち、

(1) 原告の主張2(2)記載の本件請求異議の訴えとこれに基づく執行停止の裁判により、本件執行は停止されるに至った。

(2) しかし、同訴訟事件については、平成二年一〇月一二日、原告の請求異議の請求を棄却し、右強制執行停止決定はこれを取り消す旨の第一審判決が言渡された。

同判決は、原告の予備的請求にかかる執行文付与に対する異議の請求を認容し、併せて主文第四項において、原告が五〇万円の担保を立てるときは、本件公正証書に基づく強制執行は、この判決が確定し、又は控訴審の判決があるまで停止する旨明記された。

(3) 被告は、請求異議の訴えと執行文付与に対する異議の訴えとを併合することは許されないと主張したが、右第一審判決は被告の主張を採用せず、被告はこれを不服として控訴したが、控訴も認められなかった。

他方、原告も右第一審判決に対して附帯控訴したが、訴訟の中途で右附帯控訴を取り下げた。

(4) 右附帯控訴を取下げにより、前記執行停止の効力が失われたので、被告は、強制執行を続行した。

(5) 右のとおり原告の請求異議の訴えは棄却されたにもかかわらず、その後も原告は次々と執行文付与に対する異議の訴えを提起したものであり、右は、異議事由が数個あるときは同時にこれを主張しなければならないとする民事執行法三四条に違反する不適法なものである。

2  原告主張の執行は、被告の申立により公権力たる国家機関がこれをなしたものであり、原告が右により損害を受けたと主張するならば、国家賠償法に基づく訴訟手続をなすべきである。

よって、被告には当事者適格がないから、被告は、訴えの却下を求める。

3  原告の損害の主張はすべて争う。

(1) 原告が、前記のとおり本件請求異議の訴えが退けられ、強制執行が続行されたからといって、慰謝料請求が認められる筋合いのものではない。

(2) また、右の敗訴による弁護士費用を被告に請求するのも筋違いである。被告に損害賠償義務が発生するためには、通常人であれば容易に権利のないことがわかっていながら、被告の訴え提起が裁判制度の趣旨・目的に照らして著しく相当性を欠くと認められる場合に限られる(最高裁判所昭和六三年一月二六日判決)。

(3) 原告は、執行官に対する執行方法の異議等の申立を行っていないから、原告も適法な執行であることを自認していたものである。

(4) 被告が原告の現金・動産を窃取したとの事実はすべて否認する。

4  以上により、被告の申立にかかる執行は適法なものであるから、反訴において、これが不当なものでないことの確認を求める。

5  原告の本訴は、原告訴訟代理人による嫌がらせであり、単なる言いがかりにすぎない。原告代理人の主張は公序良俗に違反し、かつ、権利の濫用として許されない。

第三  当裁判所の判断

一  原告主張の不当執行の成否

1  〈証拠省略〉によれば、以下の事実が認められる。

(1) 被告は、平成元年六月一四日、本件公正証書に基づき、「昭和六二年六月七日から平成元年八月六日まで一か月五〇万円の割合による損害金の内金五〇万円」を請求債権として執行文の付与を受け、同年八月二五日、右の債権に基づく動産執行の申立をした(平成元年(執イ)第一〇七八四号、甲第一号証、第二〇号証の一ないし五、以下「①執行事件」という)。

(2) これに対し原告は、同年九月二六日本件請求異議の訴えを提起するとともに、右強制執行停止の申立をし、五〇万円の保証を立てて同年九月二九日同強制執行停止決定を得た(甲第二ないし四号証)。

(3) 右請求異議事件においては、原告から予備的に執行文付与に対する異議の訴えが併合され、平成二年一〇月一二日、東京地方裁判所において、

「一 右請求異議の訴えにかかる主位的請求を棄却する。二 予備的請求である執行文付与に対する異議の訴えは認容する。三 右の強制執行停止決定を取り消す。四 原告が五〇万円の担保を立てるときは、本件公正証書に基づく強制執行は、この判決が確定し、又は控訴審の判決があるまで停止する。」旨の判決が言い渡された(甲第五号証)。

(4) 被告は、右判決直後の平成二年一二月三日、再び本件公正証書に基づき、「昭和六二年六月七日から平成二年一二月六日まで一か月五〇万円の割合による損害金二一〇〇万円」を請求債権として執行文の付与を受け、同月六日、動産執行の申立をした(平成二年(執イ)第一四四八四号、甲第二一号証の一、二、以下「②執行事件」という)。

他方、原告は、右判決に従い、平成三年一月二五日、五〇万円の保証を立てて執行停止決定を得たが、被告は、これに先立つ同月一八日、①②執行事件について本件物品のうち第二物品目録〈省略〉記載の物品に対する差押執行を得、同日、被告の申立により、担当執行官から、被告の住所地に右物品を保管換えする旨の許可を得て(甲第六号証)、これを被告宅に持帰った。

また、原告は、同年二月二〇日、右の執行文付与に対する異議の訴えを提起する(甲第一〇号証)とともに執行停止を申立て、同月二二日、二〇万円の保証を立てて右執行停止決定を得た(甲第一一号証)。

(4) 右①執行事件については、右のとおり同年一月二五日付け執行停止決定が出ていたが、被告は、同年三月五日、前記差押にかかる物品の価値が減少すること及び保管費用がかかること等を理由として、同物品の売却手続の申立をし、これを受けた執行官は、同年四月一二日、同物品について競り売りの手続を採り、被告は、同日、同物品を五一万円で買い受けて競落した(未提出の甲第二〇号証の六ないし一〇)。

(5) なお被告は、平成三年一月三〇日、三度び本件公正証書に基づき、「昭和六二年六月七日から平成三年一月三〇日まで一か月五〇万円の割合による損害金の内金二一〇〇万円」を請求債権とする動産執行の申立をし、同年二月一五日執行されたが、執行官により、①執行事件において差し押さえられた動産のほか、差し押さえるべき動産はないとの判断がなされ、同事件はその後取下げで終わった(平成三年(執イ)第九二八号、甲第九号証、第二二号証の一、二、以下「③執行事件」という)。

(6) さらに被告は、同年三月三〇日、四度び本件公正証書に基づき、「昭和六一年六月から平成三年三月三〇日まで一か月五〇万円の割合による損害金の内金二一〇〇万円」を請求債権とする動産執行の申立をした(平成三年(執イ)第三二六九号、甲第二三号証の一、二、以下「④執行事件」という)。

(7) 一方、被告は前記の判決を不服として控訴し、原告も附帯控訴したが、同年四月八日原告が右附帯控訴を取り下げたため、被告は、右取下げの証明書を添付して、同年五月二四日、①②執行事件の続行手続を申し立て、同年六月一三日、①ないし④執行事件をすべて併合されたうえで、本件物品のうち第二物品目録〈省略〉記載の物品を除く残余の動産類の競り売りの手続が採られ、被告は、同日、これら物品を三万六五〇〇円で買い受けるとともに、同日、右売却代金を執行官から受領した(甲第二五号証の一ないし九)。

(8) 被告は、以上のほか、同年二月一二日、五度び、本件公正証書に基づき、「昭和六二年一〇月三日から平成三年二月二日まで一か月五〇万円の割合による損害金二〇〇〇万円」を請求債権とする執行文の付与を受け、同年三月五日、原告が被告に対する賃料として供託した右供託金の還付請求権を被差押債権とする債権差押及び転付命令を得た(甲第一二号証、以下「⑤執行事件」という)。

そこで、原告は、同年三月二九日、右執行文付与に対する異議の訴えを提起し(甲第一三号証)、保証金三〇万円を立てて執行停止決定を得る等の手続を採った。

以上のとおり認められ、他に反証はない。

2  右によれば、本件①ないし⑤執行事件にかかる被告の各執行の申立は、いずれも本件公正証書に基づくものであって、前記の経過からこれらが直ちに民事執行法上の手続に違背しているとはいえず、ことに①②執行事件については、本件請求異議訴訟による原告の主位的請求棄却の判決及び右の執行停止決定取消の宣言を経て、その後の執行停止決定が出される直前にその差押執行を得たものであるから、右の手続が民事執行法上違法なものということもできない。

しかしながら、被告は、まさに右のごとき時間的間隙を縫って右の差押執行を得た際に、別紙第二物品目録〈省略〉記載の物品の保管換えを請求してこれを被告宅に持帰ったうえ、同執行に基づく換価処分を申し立てて右物品を処分し、さらには、その後も前記のとおり、同じ公正証書による債務名義に基づき、請求債権を少しずつ異なるように構成して、合計五度にわたり執行文の付与を受け、短期間のうちに、次々とこれらに基づくに執行の申立を行っているものであるところ、右事実に加え、〈証拠省略〉を総合すると、本件建物の賃借人である原告は、被告からなされた前記賃貸借契約の更新拒絶の意思表示の効果を争うとともに、被告が右賃貸借契約は終了したと主張する時期以降も賃料の供託を続けていたものであり、本件請求異議訴訟の前記判決においても、被告の右更新拒絶の意思表示がその効果を生じたものとはいえず、右賃貸借契約が終了したとはいえないとの判断が示されて被告の右主張が排斥されたにもかかわらず、被告は、右の控訴審及び上告審が係属している間に、原告の右供託の事実をも無視し(したがって、当時被告において執行をしなければならないほど、原告の資力に問題があったともいえない。)、しかも、執行債務者にとって精神的打撃の大きい動産執行を一度ならず四度にわたって申し立てたものであることが認められる。

右のような事実関係に照らせば、被告のした右一連の執行申立は、原告との関係において、債権者としてその正当な権利行使の範囲を著しく逸脱した不当な執行の申立であると認めざるを得ず、右は、原告に対する不法行為を構成するものといわなければならない。

したがって、本件は国家賠償法に基づいて請求されるべき事案であり、被告には当事者適格がないとする被告の主張は採用できない。

また、右の事情からして、原告の本訴請求が公序良俗違反ないし権利濫用であるとする被告の主張も採用することができない。

3  以上によれば、被告は、原告に対し、右の不当執行による損害賠償責任を負うものというべきであり、また、被告の申立にかかる執行が不当執行に当たらないことの確認を求める被告の反訴請求は理由がない。

二  損害について

〈証拠省略〉によれば、被告の前記一連の不当執行の申立により、原告は営業上の重要な商品等であった本件物品を失ったこと、右物品のうち第二物品目録〈省略〉記載の物品の価額は同目録記載のとおりであること、原告は後日右の換価代金として五一万円を受領したこと、被告の右不法行為により、原告は本件建物における営業が事実上不可能になり、精神的にも多大の苦痛を受けたうえ、訴訟代理人に委任して前記の各法的措置を採らざるを得なかったことがそれぞれ認められる。

右により、本件物品の所有権を喪失したことによる損害は、別紙第二物品目録〈省略〉記載の金額から右の五一万円を控除した六一〇万六二一六円と算出でき、また、原告の右精神的苦痛に対する慰謝料は一〇〇万円をもって相当とする。

次に、被告が原告主張の現金及び動産を窃取したとの事実を認めるに足りる証拠はないが、弁論の全趣旨〈証拠省略〉によれば、被告は、平成三年一月一八日、①執行事件の差押の際に、現金二万五〇〇〇円を差押現金として受領していることが認められるほか、前記のとおり、同年六月一三日には別紙第二物品目録〈省略〉記載の物品以外の動産の売却代金三万六五〇〇円をも受領しており、これらについても不当執行により原告が受けた損害の一部と認めることができる。

そして、弁護士費用については、右の損害額の合計七一六万七七一六円の約一割に当たる七〇万円をもって、相当因果関係のある損害と認められる。

その余の原告の損害の主張は採用できない。

三  以上によれば、原告の本訴請求は、右の合計七八六万七七一六円と、これに対する訴状送達の日の翌日である平成三年八月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、被告の反訴請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官大和陽一郎)

別紙〈省略〉

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